野生種の力を忘れないで

この夏、 14年前に植樹された場所を

案内してもらいました。

写真ではわかりづらい

かも知れませんが


手前が在来種

奥に改良種が

見えています。


同じ樹種ですが

同時に植樹したのに

改良種は1.5倍程

成長が早く見えました。


「ああ、木にも

改良技術が加えられる

時代になっているのだな」

と知りました。


使うことばかりを考え

全体を考えなければ


成長が早いのは

良しとなるのでしょう


しかし、本当に

良いのでしょうか


人にとっては?

木にとっては?

森にとっては?

山にとっては?


良かれと思っていることが

本物なのか

よくよく自分のこころを観ないと

ならないと思います。


 

漢方を構成している

生薬は栽培されたものより

野生種が力ある

とききます。


そのように、日諸木も

実際に感じています。


自生で無いというだけでも

力が落ちるのであれば


改良技術が施されたら

どうなるのでしょうか


野菜も

美味しい、甘い、やわらかい、

きれい、安い

などを求め続けた結果


力のない

見かけだけのものが多く

なってしまっていると

感じます。





改良、改良、と

導入される技術に


若い頃は

「最先端!」

「すごい!」

と思っていましたし


最先端の創薬を志そうと

していた頃もありました。


けれども

最先端の医薬品から離れ

漢方で十分に

体が調整されることを

知りましたら


薬に頼ろうとしていた時は

なんと面倒な負担をかけていたのか

と、体の弱かった頃を

振り返ります。



 


体も

野生本来の力を

発揮させることが

大切です。


体に改良技術を

適応させるくらいなら


今を

本来の状態に

元気にすることが

優先だと思います。





また、

肉体の死期は

誕生とセットで決まっている

といいますから


誕生と死と、

誕生と死と、、の

いのちの循環の中で


本物のいのちを

大事にしようとすれば

安直な技術は不要だと

思えてくるのではないでしょうか。