玉置神社

去年 「パワースポットって何?」 「スピリチュアルって何?」

IMG_0117

そのセドナでワタシは よくわからない場面の よくわからないタイミングで ひたすら号泣する ということを 繰り返し経験してきました

そして先日、 熊野三山へ行ってきたのですが その時にも 同様の経験をしました

どうやら 天とエネルギーが がっつりつながった時に 未熟なワタシは 浄化のシャワーにより 涙が溢れるのだと思います

 

それは 熊野三山の奥の宮玉置神社で ご祈祷いただいている 最中だったのですが 溢れる涙がやってきました

ダーっと 突然やってきたので、 嗚咽をもらさないようにするのが 大変なくらいでした (隣に座っていた参拝者にしてみれば 不可解きわまりなかったと思います)

しかし 人前で突然 涙が流れようと 鼻水が垂れようと 感情の入らない不思議な涙は ワタシにとって ありがたいものです

というのは、

くやしいとか、悲しいとか、 感情をともなう涙は 自我と格闘している時の涙ですが

どう格闘しても打ち消せない自我でも、 打ち消すべき自我が見えていない時でも、

不思議な涙は対象を 洗い流してくれるからです

神道のことばで言ってみるなら 「自分で祓わないといけない 異心を祓っていただく」 「ご加護を賜る」 といった感じです

飛び級したような そんな感覚です

 

さて 玉置山には、尖った石が ボロボロとたくさん落ちていて 「石を車で踏まない様にね」 「よくパンクする人がいますから」 と、神社で教えてもらいました

その尖った石は 触ってみるとビリビリと エネルギーを出していました

セドナで、裸足になると 静電気が伝わるかのように 地面からビリビリと エネルギーを受けたのですが それと似たような感じです

参道にある 天然記念物「玉置山の枕状溶岩堆積地」 という案内書きには 山頂付近にみられる溶岩は、 海底火山の噴火により 噴出したものだと書いてあります

ちょうどセドナで ネイティブインディアンの ガイドさんから 「ここから下は昔、海で、、」 「火山の噴火で 一瞬で人が滅亡したんだ、、」 と、教わったのを思い出しました

熊野は木に覆われて 地層が見えませんでしたが、 見えていたら ここから下が海だった というラインが 見えるのかもしれません

玉置山は高天原にちかい イメージでした selfcareSupport 長塚

玉置山を下山する時、 またしても なんの脈絡もなく 溢れ出す涙

そして突然iTunesから GReeeeNの「あいうえおんがく」が 流れ出す摩訶不思議・・ (どこからその曲でてきたの?)

♪あれ好きでこれ嫌い決めたのは 自分自身だから それも打ち壊していけるだろう♪

関連記事

ようやく selfcareSupportが ブラッシュアップします これまで selfcareSupportの意をご理解いただき ご利用くださいました皆様に 改めて感謝申し上げます ここに至るまで 随分時間がかかり 期せずして お御代替わりと 重なりましたが 令和の時世と共に 躍進していきたいと思います どうぞ今後とも 宜しくお願いいたします selfcareSupport 長塚

新年を迎え た と思っていたら もう1月が終わります 自分にとって 去年は予定していた展開に 大きな遅れが生じていました それも自分自身の 準備が整っていないことの 現れだと受け止めていましたが 自分の中で停滞と思いながらも 予期せぬ展開や 新たな出会いを享受することが 出来ていました 病気も同じような面があると思います 自分の望んでいない展開であっても あとで考えてみれば

12/23の朝会は 「大国主神の神裔と国作り」です 古事記を こころで読むことで 日々の生活を こころで観る視点が 定まってきます 「自分が」という 自我の意識を祓う方法は 本当は非常にシンプルです シンプルなために 気づくとなおざりになっている ことがあります そのため 生活の中に型をもつことで 自分を律し支えやすくなります 古事記を読むということは 自分の自我に「気づ