花札のはなし

新年明けまして おめでとうございます 今年も宜しくお願いします

お正月、 何されていましたか?

百人一首 花札 麻雀 人生ゲーム 双六 トランプ オセロ

もうどれもやらない時代ですかね〜? 私が小さい時は お正月に家族とする花札が 楽しみだったものです

父親が死んでから初めて迎えた お正月のこと、 久しぶりに家族と花札をしていたら 急に背筋が寒くなり ゲーム始めの場札が すべて雨 になったことがありました (後にも先にもこんな経験はない)

「これ、居るね(死んだ父が)」 などと話しながら 過ごしたお正月があったことを 急に思い出しました

書き始めには こんな話をしようと 思っていなかったのに..

こういうことを書かせたのは 父の仕業に間違いない と思います

はい わかっておりますよ〜

生前は微塵も思っておりませんでしたが 今ではしっかり父に 「感謝しております!」

 

はい、 親子の会話を 読んでいただいちゃいまして 年始から失礼いたしました

ちゃっかり死んだ後にも ゲームに参加してくるくらい 我が家では、年に一度の 唯一の家族の接点になっていた 花札

こんな風に肉体が死んだ後だって 会話はできるわけですが やはり、肉体持つもの同士のうちに 接点をもって 心を通わせたほうが手っ取り早いですし 人生の宿題の持ち越しが少なくなって いいと思います

花札をしてくださいと 言っているわけではありませんが もし、ご両親との確執がおありの方は 花札を挟んで接点を持つのも よろしいかと..(今年もシツコイです)

では 本年も宜しくお願い致します selfcareSupport 長塚

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ようやく selfcareSupportが ブラッシュアップします これまで selfcareSupportの意をご理解いただき ご利用くださいました皆様に 改めて感謝申し上げます ここに至るまで 随分時間がかかり 期せずして お御代替わりと 重なりましたが 令和の時世と共に 躍進していきたいと思います どうぞ今後とも 宜しくお願いいたします selfcareSupport 長塚

新年を迎え た と思っていたら もう1月が終わります 自分にとって 去年は予定していた展開に 大きな遅れが生じていました それも自分自身の 準備が整っていないことの 現れだと受け止めていましたが 自分の中で停滞と思いながらも 予期せぬ展開や 新たな出会いを享受することが 出来ていました 病気も同じような面があると思います 自分の望んでいない展開であっても あとで考えてみれば

12/23の朝会は 「大国主神の神裔と国作り」です 古事記を こころで読むことで 日々の生活を こころで観る視点が 定まってきます 「自分が」という 自我の意識を祓う方法は 本当は非常にシンプルです シンプルなために 気づくとなおざりになっている ことがあります そのため 生活の中に型をもつことで 自分を律し支えやすくなります 古事記を読むということは 自分の自我に「気づ