自我をなだめる型

「生まれた時から 自我はあると思いますよ」

タクシーの運転手さんが 幼少期の話をしてくれました

「僕は覚えているんですよ 赤ちゃんの時、おばさんが クマのぬいぐるみで いつもあやしてくれるんだけど それがほっぺたに触って くすぐったくて イヤだな〜って思って だけど、ガマンガマンって こらえていたんだ」

教科書などでは 自我の芽生えは2才前後 なんて書いてあった 記憶がありますが それは、 自我を言葉で表現できる ようになるのが 2才位からなのであって 泣いたり、怒ったり、と 生まれながらにして ワタシタチは自我を持って 生まれてきているんだな〜と 運転手さんとお話ししている中で 改めて気づかされました

その運転手さんは 短い乗車時間の中で 他にもたくさんのエピソードを 話してくださったのですが

普段タクシーは利用しないのに たまたま乗車した時に たまたまそのような経験を されてきた方の車に乗らせてもらい たまたまそんな話を聞かせてもらう…

それはたまたまじゃなくて その話を聞くために タクシーを利用したのだろうな と、感じたりして…

履き慣れない靴を履いて 足の裏に豆ができて もう歩けない! っていう状態になったのも タクシーに乗るための 布石だったと 🙂 しみじみ思うわけです

足の裏の豆も、 怪我も、病気も、 とてもポジティブには とらえられない! というような事柄も、 すべて繋がっていて 必要な気づきの 必要なメッセージのための 演出だったりします

 

ワタシタチは 赤ちゃんの時から自我があって、 自我のなだめかた というのは 「どうしたの、お腹空いたの? オシメが濡れたの?」と 赤ちゃんをあやす(愛で接する) ところにすでに原型ができていて、 みんな忘れているかもしれないけど 最初に型を教わって 大きくなっているんだなぁ〜と 改めて確認、感心した次第です selfcareSupport 長塚

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ようやく selfcareSupportが ブラッシュアップします これまで selfcareSupportの意をご理解いただき ご利用くださいました皆様に 改めて感謝申し上げます ここに至るまで 随分時間がかかり 期せずして お御代替わりと 重なりましたが 令和の時世と共に 躍進していきたいと思います どうぞ今後とも 宜しくお願いいたします selfcareSupport 長塚

新年を迎え た と思っていたら もう1月が終わります 自分にとって 去年は予定していた展開に 大きな遅れが生じていました それも自分自身の 準備が整っていないことの 現れだと受け止めていましたが 自分の中で停滞と思いながらも 予期せぬ展開や 新たな出会いを享受することが 出来ていました 病気も同じような面があると思います 自分の望んでいない展開であっても あとで考えてみれば

12/23の朝会は 「大国主神の神裔と国作り」です 古事記を こころで読むことで 日々の生活を こころで観る視点が 定まってきます 「自分が」という 自我の意識を祓う方法は 本当は非常にシンプルです シンプルなために 気づくとなおざりになっている ことがあります そのため 生活の中に型をもつことで 自分を律し支えやすくなります 古事記を読むということは 自分の自我に「気づ