腐る老い、枯れる老い

歩いていたら綺麗な落ち葉が 目にとまりました

「うわぁ綺麗な朽ちかた〜」 葉脈を残し、透けて シースルーになっていました

朽ちてなくなった部分は 良い土に還ったのが みてとれます

潔く 次を育てるための糧となる

美しいとワタシは思います 短命・長命は関係なく いい土を残すかを最後まで みんなで当たり前にやっていて すごいなって感じます

一方で ドロドロに溶けて腐敗する 朽ちかたもあります

摂理を勘案せずに 人の手が入ってしまった ところによく見られるようです

 

一部の人からではありますが これから確実に 肉体の死をもっと自分のタイミングで 選択しないといけない日が やってきます

死だけではありません 生も人為的に行われ始めています

倫理の観点から 法も整備されるのかもしれませんが すべて法任せでは まずいところまで 来ていると思います

ひとりひとりが さて何のために生きてるんだっけ? だからどう生きたいんだろう? と思い出さないといけない時に 差し迫られている そのように思います

枯れるのか 腐るのか

老いの変化は 嫌うようなことなのか

ひとつひとつ 確かめないと 見失いかねません selfcareSupport 長塚

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