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しかしながら

「こうあるべき」 の柵をはずしてみませんか? というお話を 前にいたしましたが

しかしながらー! この柵は外せない! この柵ばっかりは譲れない!

ということも あるかもしれません

そのような時は 自分の世界を 固定観念の世界だと 認めるのが 怖いからなのではないのか? と確認してみます

もうこのまま 知らないことにしていたい

自分が もしかしたら 違うことを信じていた と知ってしまうかもしれない

その信念のもとに 築いてきた日々を 自分で否定しないといけない

そんな恐れではないのか?

確かにこわいです ガラスの城が 崩れるのは みたくないですし

盤石の岩石で つくりあげてきた つもりなのに ガラスでできていたなんて

そして また一から つくりなおしだなんて

確かにそれを 知ったならば 気が遠くに 散ってしまうおもいです

おそろしくて 柵を解放する 気にはなれません

けれど 自然の摂理のなかで 必要とあらば 柵は強制撤去されます

強制撤去される衝撃よりも 自分で崩していくほうが 衝撃はゆるく 感じるでしょう

なぜなら 自分から流れに 乗るからです

今年 御代がわりの年です それは 時代が必要としているから なのだと思います selfcareSupport 長塚

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