しかしながら

「こうあるべき」 の柵をはずしてみませんか? というお話を 前にいたしましたが

しかしながらー! この柵は外せない! この柵ばっかりは譲れない!

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ということも あるかもしれません

そのような時は 自分の世界を 固定観念の世界だと 認めるのが 怖いからなのではないのか? と確認してみます

もうこのまま 知らないことにしていたい

自分が もしかしたら 違うことを信じていた と知ってしまうかもしれない

その信念のもとに 築いてきた日々を 自分で否定しないといけない

そんな恐れではないのか?

確かにこわいです ガラスの城が 崩れるのは みたくないですし

盤石の岩石で つくりあげてきた つもりなのに ガラスでできていたなんて

そして また一から つくりなおしだなんて

確かにそれを 知ったならば 気が遠くに 散ってしまうおもいです

おそろしくて 柵を解放する 気にはなれません

けれど 自然の摂理のなかで 必要とあらば 柵は強制撤去されます

強制撤去される衝撃よりも 自分で崩していくほうが 衝撃はゆるく 感じるでしょう

なぜなら 自分から流れに 乗るからです

今年 御代がわりの年です それは 時代が必要としているから なのだと思います selfcareSupport 長塚

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ようやく selfcareSupportが ブラッシュアップします これまで selfcareSupportの意をご理解いただき ご利用くださいました皆様に 改めて感謝申し上げます ここに至るまで 随分時間がかかり 期せずして お御代替わりと 重なりましたが 令和の時世と共に 躍進していきたいと思います どうぞ今後とも 宜しくお願いいたします selfcareSupport 長塚

新年を迎え た と思っていたら もう1月が終わります 自分にとって 去年は予定していた展開に 大きな遅れが生じていました それも自分自身の 準備が整っていないことの 現れだと受け止めていましたが 自分の中で停滞と思いながらも 予期せぬ展開や 新たな出会いを享受することが 出来ていました 病気も同じような面があると思います 自分の望んでいない展開であっても あとで考えてみれば

12/23の朝会は 「大国主神の神裔と国作り」です 古事記を こころで読むことで 日々の生活を こころで観る視点が 定まってきます 「自分が」という 自我の意識を祓う方法は 本当は非常にシンプルです シンプルなために 気づくとなおざりになっている ことがあります そのため 生活の中に型をもつことで 自分を律し支えやすくなります 古事記を読むということは 自分の自我に「気づ